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ALWAYS 三丁目の夕日'64



山崎貴監督による人気シリーズ。『ALWAYS 三丁目の夕日'64』を観てきました。
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日本人による、日本人のための、日本人の映画

人気シリーズの第3作目。このシリーズも第一作目から数えると(劇中ではなく現実世界において)7年が経っていることになり、シリーズもので時間の流れの速さを思い知るのは、自分も歳をとってきたということだろうか。本作はキャストを変えずに撮り続けているので、主要人物を演じる俳優たちも揃って7年ぶん歳をとっている。一平や淳之介が妙に大人になっていて違和感を感じつつも、劇中で人物たちがきちんと歳をとっているという"リアリティの重し"は凄いと思う。だから私たちはこのシリーズを観るたびに、スズキオートやブンガクなど三丁目の人たちと共に生きていくことができる。私は3作に描かれているどの時代にも存在すらしていないとしても。本作で描かれている時代は1964年。いま60歳過ぎの方は10代ということになり、映画で映し出されているような世界を鮮明に記憶している方も居られると思う。その時代を知っている人たちは回顧し、その時代を知らない人たちはルーツを知る。邦画を代表する、とても上品で上質な映画だと思う。そして、3作目も最初から最後まで悔しいぐらい盤石の出来映えだった。多少文句はあったとしても、最終的に嫌いだとは言わせない山崎監督の手腕が憎らしい。あなたが日本人らしい人情物語が好きで涙腺が弱いのならば、ハンカチは必須である。

人は

人を気持ちや期待でがんじがらめに縛り付けることもできるし、縛り付けられた心を解き放つことができるのも、人である。人を大切に愛しているからこそ時として裏腹な行動を取ってしまうし、「売り言葉に買い言葉」なんて言葉があるのも、人が"素直"だけで出来ている単純な生物ではないからだ。見守り続けてきたからこそ手放したくないというエゴというものもあるし、しかし逆に、人に見守られてきたからこそ人から巣立つこともできる。

そのどれもが「人でしか出来ないこと」ならば、私が本作を観て学んだのは、伝わることを期待しているだけは意味なく人を傷付けるだけで、だからきちんと伝えなければならない、ということだった。自分の人生を省みても、それはとても難しいことなのだけれど。だから、父の死後に自室で泣き崩れた茶川が、最後に淳之介にもう一度会いに駆け出すというシーンを入れてくれたのは、個人的には救われる思いがした。

もちろん、第一作目ラストの作為的なオマージュだねと、クツクツと思ったりもするわけだが。そして妻は「茶川の父親は林太郎ではなく金之助であるべきでは?」と素朴な疑問を投げかけしまうのではあるのだけれど。しかし、そういうこともすべて赤く染めて、今回も夕日は美しく三丁目を包んでいた。

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