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INTERSTELLAR(邦題:インターステラー)



クリストファー・ノーランの最新作、『インターステラー』を観に行ってきました。
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きちんと愛を描くということ

調べてみたら洋画を観るのは約半年ぶりである。無論その理由は単純で「観たいものがなかった」というだけのことだけれど、それと同じぐらい単純明快な理由で、クリストファー・ノーラン監督の新作なら「観に行かねばならない」。どうやら珍しく希望的な話のようなので「らしくない」と思いつつ、一方で上映時間169分は「実に、らしい」わけで、やや訝しがりながら劇場の席に着いた。

一見すると本作のトレーラーは謎な内容であるが、一言で云えば、宇宙旅行と時間旅行を混ぜこぜにした「空間的にも、時間的にも実に壮大な物語」である。舞台は近未来の地球、主人公はかつて宇宙飛行士だった中年男性で、いまは祖父、中学生の息子、小学生の娘とともに農家をやっている。この時代の地球はもはや住むことが困難な環境になってきており、そのため代替の惑星を探すプロジェクトが進行しているのだが、ふとしたきっかけで主人公がこのプロジェクトの存在を知ることとなる。そして苦悩の末に、家族を地球に置いて新たに住める惑星を探しに宇宙に出るというのが話の軸だ(正確には、すでに探索に出た先発隊のうち、好感触な反応が戻ってきた惑星に行き、先発隊と接触することが目的)。話の展開としては:

(1) 宇宙に旅立つ迄(かなり引っ張る、最終的に回収される伏線も多く張ってある)
(2) 他の惑星探索(ほとんど『ゼロ・グラビティ』)
(3) 探索終了後の展開(ラストスパートで一気に叙情的になるのがノーラン作品の特徴である)

ということで、相変わらずノーラン節炸裂の、かなりヘトヘトになること請け合いの長い旅路だ。登場人物たちの会話からは間違いなく最新の宇宙科学の研究成果が盛り込まれていることが分かるし、他の惑星への上陸エピソードもいかにも"想像の産物"の匂いはしなかった。もはやプロットや映像技術が出尽くした感のある2014年に、まだ「息が詰まりそうになるSF映画」を作り出せるノーラン監督には感服するしかない。『ゼロ・グラビティ』と本作は、新しい宇宙SF映画のスタンダードになるだろうと思う。それほど、この2作のクオリティは群を抜いていた。

しかし、私が本作を観て一番衝撃を受けたのは、この監督は感情ですら定量的に表せると信じている節があるのではないかということだ。本作の重要なテーマは父と娘の間の信頼と愛情なのだが、ノーラン監督は決して「まず、愛ありき」で演繹する方法を採らない。涙や情緒に訴える方法なんて、端から信じていないのだろうと思う。本作を観れば分かる通り、疑いようのない親子の愛情でさえ、あそこまでエピソードと時間を積み重ねて描かないと(ちょっと気が遠くなるほどだ!)気が済まないのだ。そう考えると、169分という長尺や、観賞後の何とも言えない疲労感(そして心がザワザワとする感じ)は、愛情という概念が確かに存在することを示す具体的な証拠と言えるのかもしれない。登場人物に"Love is the most important thing in life."なんて言わせるより、よほど実感して同意できる確かなエビデンスだと、観終わった後なら納得できる。

いやはや、愛を語るのは大変なことだ。しかし、長すぎて小難しいことこの上ないが、本作は私が観てきたなかでも最も誠実に愛情について描いている作品のひとつだと思う。きちんと愛を描くためには、これだけの時間と道具立てが必要なのだろう。そして、その「きちんと」具合が、いかにもクリストファー・ノーラン監督らしい。やはり、私はこの監督の作る作品が好きなのである。

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