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ARRIVAL(邦題:『メッセージ』)



テッド・チャンの短編小説を映画化した、『メッセージ』を観てきました。
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何より、終始静かに描かれているのがよい

劇中の会話で博士が口にする『サピア=ウォーフの仮説』は、簡単に云えば「ものの見方や考え方は、使っている言葉によって影響を受ける/決定される」という仮説である。よく挙げられる例は色の話で、認識できる色の種類は母語における色彩語の性質と多様性に影響を受けているという理屈になる(虹の色の数がいろいろな国で異っていることはよく知られている)。この仮説を極論すれば、母語に存在しない概念は認識できないということになるし、裏を返せば、劇中で博士たちが会話していたように、新しい言語を習得すると新しい見方や考え方を獲得できる可能性があるということになる。ちなみに、サピア=ウォーフの仮説は1950年代以降ノーム・チョムスキーが唱えた生成文法理論の台頭により古い考え方として駆逐されるのだが、本作ではこの仮説を基盤とした「新しい言語を習得することによって新しい認知・認識の仕方を獲得できる」という考え方が重要なキーとなっている。かなり突拍子もない話なので訝る方もいると思うが、主人公の女性言語学者に"起こること"は、ただの無邪気な空想というわけではない。

本作の主人公ルイーズ・バンクス博士が言語学者であることから、この作品には非常に興味を持っていた。突如、未知の生命体が地球にやって来て言語学者がコンタクトを試みるという粗筋から、これまで繰り返しテーマとされてきた"未知との遭遇"をエイリアンたちの言語を解明するという視点から描いた内容だと思っていた。いままでの未知との遭遇と云えば専らエイリアンの造形や凶暴性にばかりに焦点が当てられていたので、実際その切り口だけでもかなり新しいはずだ。果たして、少なくとも映画は、科学の皮を被った情緒のかたまりであった。タコのような姿のエイリアンは出てくるし、確かに未知との遭遇を描いた作品ではあるが、これは紛れもなくルイーズ・バンクスという女性の人生についての物語である。

私たちは人生のなかで何かの出来事をきっかけに大小の悟りを開く。それ以前とそれ以後にはっきりとした境界ができて、まるで自分の内部構造がすっかり変わってしまったと自覚する − このプロットはよく見る小説の基本形であるし、タネも(言語学的な裏打ちはあるのだが)映画レベルの説明しかないと軽い子供騙しだと感じる方もいるだろう。しかし私は、村上春樹のいくつかの小説を持ち出すまでもなく、ある出来事ですべてが変わってしまうという話が好きなのだ。本作でも、ルイーズがエイリアンとの邂逅を経てもたらされた変化を受け入れて、それでも人生の選択を変えずに行きていこうと決意する姿に深く感動した。その決意を力を抜いて自然に描いていたラストもよかった。

結局、原作(Ted Chiang, Story of Your Life(テッド・チャン、『あなたの人生の物語』))は和訳版ですら読了できなかったが、ネットで一節を読んだかぎりでは和訳でさえ難解で一読では理解できなかった。原文(英語)なら況やである。そのことから、映画版は相当端折って解りやすくしてあるのだろうということは直ぐ分かるし、どうやら結末を含め話も結構違うようである。原作を読んでいない私がとやかくは言えないが、この映画を、エイリアンに接触してエスパーになってしまったということではなく、一人の女性の人生を描いた作品だという視点で観られたなら、深く満足できる作品になるはずだ。その視点で付け加えると、映画の原題である『ARRIVAL』も邦題の『メッセージ』も違和感があり、この物語にはやはり原作のタイトル(及びそれを忠実に訳した邦題)しか付けようがないのではないかと思う。

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