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DUNKIRK(邦題:『ダンケルク』)



クリストファー・ノーラン監督の最新作、『ダンケルク』を観てきました。
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教科書あるいは手本のようなもの

本作は、1940年ダンケルクにおけるドイツ軍との戦闘から英仏兵が撤退する様を描いた作品である。ポーランド侵攻に端を発し第二次世界大戦が始まったが、その際に宣戦布告したイギリスとフランス軍は、ドイツの進撃を止められず、フランス北部のダンケルクという街に包囲されてしまった。映画は、若き兵士たちが「降伏せよ」と書かれたビラが舞い散る街中で、海岸へ続く最後の防衛線まで辿り着こうとするシーンから始まる。英国首相チャーチルの英断により、取り残された約40万人の英仏兵を海から撤退させる作戦が決定したためだ。世界中に熱狂的なファンを持つクリストファー・ノーラン監督が初めて実話ベースの戦争映画が作るということで、半年以上前からリリースを心待ちにされていた一本である。

さて、相変わらずノーラン監督らしい、不思議な戦争映画だった。

(1) 構成が複雑
本作は、空(空軍パイロットの視点)、陸(サバイバル意欲の強い一兵卒の視点)、海(自分たちの船舶で救助へ向かう父子の視点)という3つの視点が随時切り替わりながら進行する。ゆえに、物語には明確な主人公がいなく、群像劇と言ってもよい。一応時系列は整理されているが、視点の違いによって同じ出来事が繰り返し描写されたりもする。複雑な構成は、ジャンルが変わっても常にブレないノーラン監督の語り口である。この人の作品で肩を抜いて気楽に観るなど無理なのだ。

(2) 敵軍の姿がほぼ映し出されない
観ている我々でも着々と追い詰められていく焦燥感はあるし、英国軍が苦肉の策で立てる脱出策をことごとく潰されていくので、ドイツ軍の存在は感じられる。しかし、その姿はほぼ映し出されず、情報すらろくに与えてくれない。この点に限らず、何を観客に提供し、何を割愛するかについての取捨選択が完璧にコントロールされている。事実はどうしたって偏った1つの視点でしか捉え得ないという客観的な考え方の表れかもしれないが、割り切り方が潔ぎよすぎる。普通は、ここまで割り切れない。注釈や、「ちなみに」や、留保を蛇足で付けてしまうものだ。本作には、そういうものが一切ない。

(3) いわゆる「戦争映画」らしくない
間違いなく戦争映画であるのに、これほど起伏の少ない作品は珍しいと思う。目を覆いたくなるような虐殺シーンは皆無で、驚くほど静かな作品である。また、戦争が絡むと、ともすれば愛国心(ノーラン監督は英国と米国のハーフである)に走りがちだが、本作では救出作戦成功の高揚感は薄い。奇跡の生還のはずなのに勝ち負けもよく分からず、チャーチル首相の声明を朗読する青年兵のナレーションで静かに終わる。最後のシーンを観ながら、渦中の現実はこういうものだったのだろうと考えながら観ていた。

本作は「教科書のような一本」なのではないだろうか。ノーラン監督のCG嫌いは有名な話で、本作も出来るだけVFXを使わずに撮影されていると推測するが、「この映像はどうやって撮ったのだろう」と素人でも疑問に思うシーンがいくつもあった。映像製作について無知な素人でさえセオリー通りの「戦争映画」ではないと感じるのだから、映画製作を学ぶ人や実際に現場で働いている人たちにとっては、唸るような知識や技術が詰まっているテキストなのかもしれない。私たちそれぞれの仕事上でも、"この業界で働いているなら知っておくべき最良のテキスト"というものはあるはずで、本作は感動大作という商業的なものというより、むしろプロの人たち向けのお手本のような作品というのが正しい位置づけなのではないか。その観点からすると、私はこの映画の持つ本当の面白さを充分に理解できなかったような気持ちになり、少々残念であった。

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